やまおくのからなし

大学院生のたわごと

別に私じゃなくても良かった

 すべきことが片付いたので、久々に書いてみる。

 

 二週間以上間が開いてしまった。

 普段、山奥の大学院に通い、かつtwitterも鍵アカウントでこもりきりで、前回の記事に数百人の閲覧数があったと告知がきて、twitterのDMで感想が送られてきたり、新規のフォローリクエストが来たりで、久々のリアクションに驚いてしまった。自分の言葉がどう解釈されているかわからないが、とにかくなんらかの反応があることは、自己顕示欲が満たされるのか、それなりに嬉しかった。有難う御座いました。

 書いてすぐに、東京の大学の友人にURLをLINEで貼り付けたところ、「俺しか読まないでしょこれ」と返ってきて、「勝手に『俺』と『私』だけの世界をつくって、『俺』で『私』を囲い込むな」と見当違いな若干の憤りを感じつつ(自分でも認知の歪みに気付いているので、悲しくなった)、笑ってながし、実際問題、私も彼の言う通りだと思っていたので、予想外である。

 

 約10日前、研究会のために、学部時代にお世話になった大学に行き、恩師にも会えた。東京の部屋はそのまま残してあるので、夜はそこに帰った。寝坊してはいけないと思うと、ほとんど眠れず、学級崩壊した北九州市の某中学校における、鬱病による休職から復帰した中学教師のドキュメンタリーなどを見ていたら、朝が来てしまっていた。大学院に入学以降、こんなことが多く、すっかり慣れてしまった。

 

 また、前日入りをしたので、前日夜は東京の友人と高田馬場で食事をした。

 注文をしてから、友人に「えらいテキパキするから驚いた」と言われた。大学院に進んでから、先輩方と食事することが多く、慣れのせいだと思った。

 あと、私的にはたくさん食べたのだが「なんか食べなくなったね」「痩せた」と言われた。学部生の頃は、フードファイターと揶揄され、「好きな食べ物は…」と言いかけると「どっちの意味でも肉欲すごいもんね~(もちろんこれは下ネタである)」といじられることがあったので、通常に戻っただけだと思いたい。大学院に進んでから、トータルで5キロやせたが、残念ながら、ちんちくりんである。私の一割が消えたのにな…。「たくさん食べて面白いデブ像」の期待に添えられなかったのだと、悲しくなりながら布団に入った。繊細すぎる。

 

 また、先日、学部時代の先輩が福岡まで遊びにきてくれたので、天神で食事をした。

こうしてみると、大学に入ってからはそれなりに友人に恵まれたのだと気付かされるし、年末年始は、東京と山形で人と会う予定で埋まっているにも関わらず、虚無感がひどい。もちろん、周辺の人々のせいではなく、私のせいである。なんて贅沢なのだ、と思う。大学生の頃出ていた哲学講義で扱ったハイデガーの『存在と時間』で、自己と向き合うことを避けるために、人間はあえて多忙にしがちといった趣旨の一文があったが、そうなのかもしれない。学部時代の自分もそうだったと思う。

 

 大学院に入ってからは、ろくにバイトもせず、親の脛をかじりながら、貯金を崩して生活しているが、読書し、頭が悪いなりに思索する時間がたくさんあるので、自己を向き合う時間があまりにも長く、精神を病むことが多かった。(詳細は書かないが、いわゆるメンヘラとか、マヂ病み。。。という状態ではなく、定期的な通院と増える薬に頼りつつ、人間としての形を保っている。福祉国家に生まれてよかった。)

 

 良い意味でも、悪い意味でも、勢いがなくなったようである。

学部時代から私のことを知る人々から「大人になったね」「落ち着いたね」と言われた。「元気ないけどどうしたの」ではないので、社会性が身に就き、少しは「大人の女性」としてのふるまいが出来ているのだと思いたい。親の脛をかじって、税金で大学院生をやってるのにね。学部生のころは、とにかく自分の話をすることが多かった。今となっては恥ずかしいが、当時、自分を「私はそれなりに賢くて、面白い」と思っていたのである。だから、スピーカーになろうと思っていたのである。しかし、大学院に進学してから、自分の小ささに気付いたので、今度はヘッドフォンになろうと思った。私が話す必要はなくて、「別に私じゃなくても良い」のである。あまり性格も頭も良くない私なので、大学一年生の頃、ふぇのたすというバンドの『スピーカーボーイ』という歌を脳内で流しながら、雄弁な男子の話をニコニコして聞いていたが、それを思い出した。もっとも、今、目の前にしているスピーカーはこの頃よりも質が高い(と思う)のだが。

 

 それと、あらゆることに過敏になってしまった。

 味覚に関し、刺激の強いものを受け入れられなくなった。バイト前に豊洲高田馬場のマックや吉野家でカロリー接種してから塾バイトをし、3コマこなしてから、家系ラーメンを食べることもざらにあったが、今思うと、想像しただけで吐きそうになった。

 聴覚に関してもそうである。東京から福岡に越したという立地的な理由や、突発性難聴にかかったこともあるのだろうが、月1回は行っていたライブに行けなくなった。週1で通っていたカラオケも怖くなった。音量もそうだが、暗くて狭いところに、人がぎっしり詰め込まれ(しかも、私の好きな大森靖子アーバンギャルド神聖かまってちゃんのファンは病んでいるので、密集するとなんとも言えない訝しい雰囲気になってしまうのである。昔はそれが心地よかったのだが、最近は、気がふれそうなのをどうにか我慢しているので、そちらに引っ張られそうで怖くなった)、かつ座れないと思うと、心身ともにすり減って、家まで無事に帰れる気がしない。もちろん、音楽は生活に欠かせないほど好きなので、イヤフォンを介して、CDやDVDで楽しんでいる。

 

 とにかく、気がふれないように、自分を守りながら、余裕をもって生活をすることが多くなった。自分の好きな服を着たり、髪を綺麗にしたり、部屋を自分ごのみに飾り立てたり、大学院でするべきルーティンを余裕もってこなしたり、深く読書できることを大切にするようになった。別に発信する必要はなく、自分の世界を充実できれば良いと思った。

 

 少し、自分のことを話しすぎて、「批判が飛んできそうだな」「大して中身のないことを発信して、人の時間を奪ってしまった」と辛くなってきたので、今日はこのあたりで終わりにしたい。

 ふぇのたすの『スピーカーボーイ』を貼っておく。ポップで辛辣な彼等彼女らが好きだった。

 

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